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名前をつけることは、つくることか

サービスに名前をつけ、機能にラベルを貼り、画面に言葉を置く。名づけは説明ではなく、世界の見え方そのものをつくる行為なのかもしれない。

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翻訳語成立事情 書影レトリック感覚 書影〈身〉の構造 書影

デザインの仕事の多くは、実は言葉を決める仕事です。サービスの名前、メニューの項目、ボタンのラベル、エラーメッセージ。どの言葉を選ぶかによって、使う人がそのものをどう理解するかは大きく変わります。では、名前をつけるとは、すでにあるものに札を下げることなのでしょうか? それとも、名前によってはじめて何かが形づくられるのでしょうか? 今回並べる三冊は、それぞれの角度から後者の可能性を示しています。

言葉は鋳造される──『翻訳語成立事情』

『翻訳語成立事情』は、「社会」「個人」「自由」といった、いまでは当たり前に使っている言葉が、明治の翻訳者たちによって苦心の末につくられたものであることを明らかにします。もとの言語の概念にぴったり対応する言葉がなかったとき、翻訳者たちは既存の漢語を転用したり、新しい組み合わせをつくったりしました。そうして生まれた言葉は、中身がはっきりしないまま流通し、やがて人々の考え方そのものを方向づけていきます。

新しいプロダクトに名前をつけるとき、私たちも似たことをしています。まだ誰も経験したことのないものに言葉を与え、その言葉が使う人の期待を形づくっていく。名づけは、思っている以上に大きな力を持つ行為なのです。

まだ名前のないものを言い表す──『レトリック感覚』

『レトリック感覚』は、比喩や換喩をたんなる飾りとしてではなく、「発見的認識の造形」として捉え直します。うまい言い方が見つかったとき、私たちはそれまでぼんやりしていたものを、はじめてはっきりと見ることができます。

UIの世界には「ゴミ箱」「フォルダ」「デスクトップ」といった比喩があふれています。これらは機能を説明しているだけではありません。比喩を選んだ時点で、ユーザーが何を期待し、何をしてよいと感じるかがあらかじめ決まっているのです。メタファーを選ぶことは、体験の骨組みを選ぶことでもあります。

言葉に刻まれた身体──『〈身〉の構造』

『〈身〉の構造』は、「身につく」「身にしみる」「身をもって」といった日本語の表現を手がかりに、からだを物体でも精神でもない経験の場として捉えます。ここで言葉は、身体についての説明ではなく、身体のあり方そのものを映し出す手がかりになっています。

ひとつの語が持つ広がりをたどると、その言語を話す人々が経験をどう切り分けてきたかが見えてきます。ユーザーが自然に使う言葉を丁寧に拾うことは、その人の経験の構造に近づくことでもあるのでしょう。

名づけることの責任

以上を踏まえれば、冒頭の問いにはひとまず答えられそうです。一冊目は言葉がつくられ、流通し、考え方を変えていく過程を、二冊目は言い表すことが認識をつくるという原理を、三冊目はすでにある言葉のなかに経験の構造が埋め込まれていることを教えてくれます。名前をつけることは、つくることです。だからこそ、ラベル一つ、メッセージ一つを決めるときにも、その言葉がどんな世界の見え方を差し出しているのかを問う価値があるのだと思います。

  1. 翻訳語成立事情 書影

    翻訳語成立事情

    柳父 章岩波新書

  2. レトリック感覚 書影

    レトリック感覚

    佐藤 信夫講談社学術文庫

  3. 〈身〉の構造 書影

    〈身〉の構造

    市川 浩講談社学術文庫